井上ひさし 1981 新潮社
いやぁ,やっと読み終えました。
日本の三文小説家・古橋健二の大冒険。ものすごい話でした。目くるめく展開。いちいち微に入り細を穿つ説明。脱線に次ぐ脱線。事件に次ぐ事件。上下二段組みで834ページ。井上ひさし氏の頭の中は一体どうなってるのかね。
身体を練る,言葉を練る,心を練る
井上ひさし 1981 新潮社
いやぁ,やっと読み終えました。
日本の三文小説家・古橋健二の大冒険。ものすごい話でした。目くるめく展開。いちいち微に入り細を穿つ説明。脱線に次ぐ脱線。事件に次ぐ事件。上下二段組みで834ページ。井上ひさし氏の頭の中は一体どうなってるのかね。
ふと見ると,1ヵ月も更新してませんでした。これには理由がありまして,最近,映画を見ずに,前から観たいと思っていたドラマを観てました。The Boysをシーズン1から観てます。やっと今,シーズン2に入ったところ。これからまだ,シーズン5(完結?)まで先は長いです。
それから,先月,岩手県大槌町で大規模な山林火災がありました。住民の方はたいへんな思いをされたかと思います。今でもまだ復旧していないところも多々あって,不便な生活をされていたり,仕事がままならなかったりされているかと思います。早く生活が元通りに戻ることを祈っております。
ところで,そのときに「吉里吉里」という地区名が報道されていました。それで,井上ひさしの『吉里吉里人』(1981)を思い出しました。あまりの長編大作で以前に途中で読むのを止めたので,ふと今,もう一度読み直しています。これが実に長くて,まだ読み終わってません。京極の弁当箱シリーズに匹敵するかそれ以上です。吉里吉里語をじっくり堪能しながらなので,けっこう時間がかかってます。
(原題:28 Years Later)(イギリス/アメリカ,2025)
『28日後...』『28週後...』に続く第三弾。やっと見ることができました(アマプラで)。いやはや,あの『28日後...』(2002)の衝撃と,その後の『28週後...』(2007)の戦慄に続く,第三弾はいかほどかと思いつつ見ましたが,これもやっぱり衝撃と戦慄でした。
ゾンビではないですよ。レイジ・ウィルス。全速力で襲ってくる「俊足」と,這いながら近づいてくる「スローロー」。28年も経ってるから,もはや,服着てなくて,どれも全裸です。そうした感染者たちは,もはや別生物として森に生息してます。そして,そんな中でも,ウィルスがステロイド的に働いて,でかく,強く,賢くなってる「アルファ」。う~ん,とっても怖いぞ。なかなか死なないし。
やっぱり,いわゆるゾンビもののキャラクター造形の枠組みというか常識というか発想というか,そういうのに縛られてない設定が,オリジナリティ高いんだろうなぁ。重ねて言いますが,ゾンビじゃないからね。死体(死人)ではないです。
★★★★
(原題:Gattaca)(アメリカ,1997)
いつか見ようと思っていて,なかなか見られず,ようやく見ることができました。
遺伝子でもって将来の能力や疾患などがほぼすべて分かってしまう社会。そこでは,遺伝子操作で適正な(優秀な)人間だけを選択して産むようになっていた。そんな中,普通の出産でこの世に生を受けた<不適正者>のヴィンセント(イーサン・ホーク)は,いつか宇宙飛行士になるという夢を見る。しかし,<不適正者>というだけで不条理な就職差別に甘んじなければならない。やがて青年になり,家を出て,宇宙局ガタカで清掃員として働いていたヴィンセントは,ある裏取引によって,事故に遭って半身不随になった(極めて優秀な遺伝子を持つ)<適正者>のジェローム(ジュード・ロウ)になりすます。取引の条件は,外に出て働けないジェロームが自分の血液,尿,毛髪などを提供する代わりに,ヴィンセントがジェロームを一生養う,というものであった。こうしてジェロームとヴィンセントの,二人一役の危うい生活が始まる。そして,まんまとジェロームになりすましたヴィンセントは,ガタカに入局することに成功する。
だいたいの粗筋はもう,いくつもの映画評論の中でしょっちゅう出てくるのでだいたい分かってましたが,なるほど,こういう映画でしたか。イーサン・ホークとジュード・ロウ,そしてユマ・サーマン。
なぜ「血液,尿,毛髪」かというと,宇宙局ガタカや警察の捜査では,本人確認(すなわち,結果的に,<適正者>か<不適正者>かの確認)を,血液と尿と毛髪によるDNA検査で行う仕組みだからです(その場で即時判定され,IDが確認される)。今であれば,本人確認といえば指紋認証や顔認証,あるいは光彩認証だけれど,この映画では社会全体で本人確認は同時に「遺伝子的に適正か不適正か」の判明になっているところがポイント。
もう一つのポイントは,そもそもヴィンセントは遺伝子的には<不適正者>なのにもかかわらず,ガタカで優秀な成績を上げ,「さすがジェローム」とか言われながら,土星の月タイタンへの宇宙船へ搭乗する飛行士に抜擢させること。人間の可能性は遺伝子で全て決まらない。ここがこの映画のメッセージですね。
この映画が,1997年に作られているところに,おそらくテーマとの関わりがあるでしょう。というのも,いわゆるヒトゲノム(ヒトのDNAの全塩基配列)の解読は,1990年にアメリカで始まり,2003年に完成版が公開されています(ヒトゲノム計画)。つまりちょうど,ヒトゲノム計画の真っただ中であることから,「人間の遺伝子がすべて解読されてしまったらどうなるんだ?」という期待(遺伝的な疾患・疾病の治療法など)と不安(まさにガタカ的世界の到来など)が入り混じった感情があったのだろうと推測されます。そういう近未来社会への時代的不安が投影されたのがまさにこの映画なのでしょうね。
ただね,普通に考えたら,たかだか全塩基配列(配列ですよ配列!)が解読(解読ですよ解読!)されたところで,それが実際のどういう表現型と関連があるのか(予測するのか)は,これまた膨大な研究が必要なわけです。加えて,この映画のメッセージでもありますが,当然ながら人間の能力や性質の形成には環境要因(経験や行動の蓄積による影響)が大きいわけですから(あと,意志や情熱も),必ずしもDNAによってすべてが予測できるわけがありません。映画の中でも,ヴィンセントは遺伝的には劣っていても優秀な宇宙飛行士として認められているし,ジェロームは遺伝的には極めて優れているのに水泳で銀メダルしか取っていないと嘆いています。
もう一つの対比は,ガタカ内で起きた殺人事件を捜査する警察の刑事二人。上司は若い(おそらく)<適正者>で,部下はベテランの(おそらく)<不適正者>。足と経験(勘)で捜査を進めるベテランの部下と,理屈と効率で進める若い上司。
とまぁ,今から約30年前の映画ですが,今見ても,思うことがいろいろと浮かんでくる良い映画です。近未来社会の描写も良い。自動車が電気自動車だし。
★★★★