昨晩,JIDAIさんの公演である「マイミクロスコープ:夜のアートマイム劇場」(第九夜)を,観てきました。
夜9時から(普段9時就寝の僕にとっては深夜!笑),両国シアターXにて,1時間の短い公演。中身は三部構成になっていて,第一部が,JIDAIさんのアートマイム塾の公開レッスン,第二部がJIDAIさんのソロ作品上演,そして第三部がアフターミーティングと称してJIDAIさんとのディスカッションタイムでした。
いろいろ感じるところ思うところあり,全部は書き切れませんが,身体や心を練る,あるいは武術を通して瞑想する,という僕の立場・観点からすると,アートマイムも,まずは技法・技術の習得から始まり,それをやがて解放していって自己表現につなげていく,そういうプロセスなのだということを,そしてそれはあらゆるアートのプロセスなのだということを,改めて実感しました。
それは,松村憲さんのクリパルヨガの話ともつながるし,僕のタイチーの師の師で,先日無くなったT.Y.Pang先生の話ともつながる。
技法は技法で,最初は,師の模倣から始まって,学びます。それは形式であり,形(型)です。芸道・武道(よく「芸道・武道」と言いますが,「道」というと別の意味になるので,ここでは「芸術・武術」が適当かもしれません)は,まずは形式を我が身とするところまで一体化させていきます。そうして徹底的に馴染んだところで,そこから今度は離れていきます。いわゆる「守・破・離」というやつです。
ちょうど,第一部のアートマイム塾の塾生さん達は今「守」のところにあり,一方,第二部のJIDAIさんの作品はアートにおける「離」の部分を見せていただいた,ということになるかと思います。第三部のアフターミーティングでは,他のフロアのみなさん遠慮されて誰も質問されなかったので,図々しくも僕が質問させていただきました。それは,「アートマイム塾でやっていることと作品でやっていることとに隔たりがあるけれども,そこはどうつながっているのか」というものでした。
そこで僕が尋ねたかったことは言うなれば「破」の部分であり,それは守と離との間をつなぐところであり,ただ,「破」そのものが何かというよりは,守・破・離というアートの流れというか段階というか結びつきというかプロセスを,JIDAIさんは,あるいは,アートマイムの世界はどう捉えているのか,という意味でした。いや,実際その場で質問したときはそこまで深く考えていなかったのですが,要するにそういうことを聞きたかったのだなと,一夜明けて,自覚したということです。
会場にお一人,月刊『秘伝』11月号に載った,JIDAIさんと僕との対談記事を読んで,見に来てくれたという方もいて,そういう意味で,その『秘伝』にも書きましたが,武術をはじめ広く身体をやっている人は,JIDAIさんのアートマイム作品(公演)を生で観てみると良いですし,ボディワークの様々なワークショップも開いておられるので,そこに参加してみるのも良いと思いました。
http://jidai9.wix.com/jidai
0 件のコメント:
コメントを投稿