2020年11月14日

人間と機械のあいだ:心はどこにあるのか

 池上高志・石黒浩 2016 講談社

2016年に,東大の池上先生と阪大の石黒先生の共同プロジェクトで「機械人間オルタ」というのを作って,日本科学未来館に展示・実験をした,というのを軸に,前半を石黒先生が,後半を池上先生が,アンドロイドや生命や人間について論じている本です。とても刺激的。

2016年の本なので,まさにオルタ展示の後すぐに出版されていて,プロジェクトの熱量を感じます。僕もこの本を2016年に読めばもっとワクワクしたかもしれません。ただ,本というのは縁ですから,辿り着いたそのときが読むベストなタイミングである,つまり,自分の方にそれを読む準備ができているからこそアンテナに引っかかる,と思っています。だから,今読んでこそ,刺激的に感じます。

石黒先生はアンドロイドを通して「人間とは何か」を問うことに究極的な目的がある。その中で,「「心」とは社会的な相互作用に宿る主観的な現象だ」と考えていると言っていますが,まさにその通りだと思いました。心理学には,Mind Perception(「心」があると感じるかどうか)という研究もあります。ただそれは「心」を客観的に捉えようとするとそうなるわけですが,では,今ありありと感じている私の主観的な意識のようなものを,機械でできたアンドロイドも持ちうるのかどうか,そこのところを考えていると楽しくて,いつまでも想像して終わりません。

一方,池上先生は人工生命の研究者で,「生命とは何か」を問うています。「生命」感も結局,「心」感と同じく,人間側から見る主観的解釈だ(石黒先生)と言えばその通りですが,池上先生は何かそこに物理的化学的な現象として表現できるものがあるのではないか,というようなことをしようとしているのだと解釈しました。

昔から自分で気に入っている講義ネタ(高校生や大学の初学者向け)に,『ブレードランナー』『ターミネーター』『アンドリューNDR114』なんかの映画を例にしながら,心理学が対象としている(ということに表向きなっている)「心」というものを考えてもらい,「心理学」という怪しい学問のきわどい性質を考えてもらう,というのがあります。この「心とは何か」というのは,結局,「人間とは何か」という問いであり,「心」が機械と人間を分かつものだとすれば,そして,機械は非生命で人間は生命だとすれば,結局,「生命とは何か」という問いと等しい。

心理学をやる人は,だから,こういう話も読んでおいた方が良いよね。オススメです。


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