(原題:Cerdita / Piggy)(スペイン,2022)
太っているせいで,近所に住む三人の女子から執拗にいじめられているサラ。あるとき,まだ人のいない早朝の天然プールでまたいじめに遭い,服も持ち物も全部持っていかれてしまった。泣く泣く水着で帰る途中,いじめていた三人が男に拉致され,連れ去られるところに遭遇する。
殺人鬼ホラー。でも,ただの殺人鬼ではない。妙な具合に屈折してます。原題のcerditaは,スペイン語で「子ブタ」。Piggyも「子ブタ」ね。
★★★
(原題:Cerdita / Piggy)(スペイン,2022)
太っているせいで,近所に住む三人の女子から執拗にいじめられているサラ。あるとき,まだ人のいない早朝の天然プールでまたいじめに遭い,服も持ち物も全部持っていかれてしまった。泣く泣く水着で帰る途中,いじめていた三人が男に拉致され,連れ去られるところに遭遇する。
殺人鬼ホラー。でも,ただの殺人鬼ではない。妙な具合に屈折してます。原題のcerditaは,スペイン語で「子ブタ」。Piggyも「子ブタ」ね。
★★★
ニーナ・ネセス(著)五十嵐加奈子(訳) 2024 フィルムアート社
ホラー映画とは何か,恐怖とは何か,何に恐怖を感じるのか,なぜ恐怖を感じるのか,なぜ人は恐怖を求めるのか,など。心理学の基本的な知見の話が半分ぐらいかな~。『恐怖の哲学』(戸田山和久),『恐怖の正体』(春日武彦)との併読をオススメします。
(原題:Summer of 84)(カナダ,2017)
面白い。面白いのに,最後,かなり後味悪いな~。不必要な後味の悪さ。
連続殺人鬼は,隣に住む警官のマッキーではないかと疑う15歳の少年デイビー。夏休み中,仲間3人を誘って,マッキーを監視し,周辺を調べて,証拠を見つけ出そうとする。
犯人は本当にマッキーなのか,そうでないのか。ハラハラさせる展開はほぼほぼ飽きさせずに面白かったけど,個人的には,ラストがいかん。可哀想過ぎる。なんでそうなるのよ。最後で台無し。
★★
(原題:28 Weeks Later)(イギリス/スペイン,2007)
ご存じ『28日後...』の続編。久しぶりに見たけど,覚えてるのは前半部分だけでした。後半の展開は全然覚えてなかった。もうすぐアマプラでも『28年後...』が見られそう。そのための復習。
ゾンビじゃないからね,レイジ・ウィルス。
ところで,少し短く編集されてるような気もするのは気の所為?この前の『ゲットアウト』もそうだけど,配信用に再編されてるのかな。
★★★
由原かのん 2022 文芸春秋
お江戸の良い話4つ。「首ざむらい」「よもぎの心」「孤蝶の夢」「ねこまた」。タイトルの「首ざむらい」から,なんだかホラーな小説かと思ってはいけません。副題の「世にも快奇な江戸物語」をよく見ると,「怪奇」ではなく「快奇」。化け狐,河童,猫又と,妖怪の話は出てきますが(いや,首だけで生きてるって時点で怪しいか:笑),怖い話ではなくて,良い話です。おすすめ。
「ねこまた」の主人公・猫矢又四郎の続編?「ねこまた:狸穴素浪人始末」ってのが先月出てたので,今度読もうと思います。
(原題:Kingdom of the Planet of the Apes)(アメリカ,2024)
シーザーが死んでから数世代後(300年後?)の世界。
そもそも,ウィルスにやられていない一部の人間はいったいどうやって何百年も生き延びているのか。食料は?エネルギーは?道具やら機械やら,その文化的水準をどうやって維持できているのか。錆びるだろうし,劣化するだろうし,故障するだろうし。精密な機械なんて,普通,何百年も経ったら正常には動かんでしょう。ウィルス蔓延直後じゃないよ。300年も後だぞ。例えば,今から300年前って,1700年代前半だぞ。暴れん坊将軍だぞ。パソコンだって数年放っておいたらすぐ壊れるぞ。それに,そんなに長く生き延びてる人間たちはなんであんなに(今風の格好のまま)身綺麗なんだ?風呂入ってるのか?誰が着る物を作ってるんだ?ユニクロはないぞ。肌艶も良くて健康的だし。おかしいだろ。
一方,人間の作ったビルやら船やら天文台やら,数多くの建造物や遺物を見て,エイプたちは何も思わないのか。自分たちだって木で大きな建造物を作ってるわけで,建造物か自然物かは区別できるでしょう。自分たちが作ったものじゃなきゃ,一体どうやってできたものだと思ってるのか。なおかつ,数世代なら語り継いでたっておかしくないから,やっぱり,人間が作ったものとしか考えられないでしょう。
建造物が遺跡並みに崩壊しているのに,ウィルスにやられていない人間たちの服や道具や機械はそのままの状態で保存・維持・管理されていて,かつ,正常に作動する,っておかしくないか。帳尻が合わない。なんか,もう,ここまでくると,いろいろご都合主義すぎて,すんなり飲み込めません(笑)。
エイプたちの造形や動き,生活の描写,廃墟となった世界の様子なんかは見事だけど,そこんところにばかりリアリティを追求していて,人間の方のリアリティがおろそか。ちぐはぐ。
★★
杖道は面白い。なぜだろう。最後に,「杖道」という現代武道の,運動的体力的な面から考えてみる。
★形武道なので,年齢に関係なくできる。
・そもそも武道だし,ギリギリの攻防で稽古することが理想だから,そうなれば激しいけれども,その時々で,各自の力量に合わせて調節できる(せざるをえない)。
・延々と動くような有酸素運動ではないから,体力的に,あまりきつくない。(ただし,12本を続けて行えば息は上がるし,厳しい攻防をすれば,それはそれで,息は上がる)
・だから,身体が動く限り,生涯,稽古できる。
・実際,愛好家の平均年齢は高い。60代,70代も多い。80代も普通におられる。これはすごい。生涯学習。生涯武道。現代的なニーズに答えている。
・何歳からでも始められる。
・そして,年齢的に差があっても(体力差があっても),一緒に稽古することができる。
・なので,試合では,ときどき,年齢差のあるペアも見受けられる。
★型武道なので,男女関係なく一緒にできる。
・当然,体力差のある男女でも,ペアを組むことができる。これはすごい。
・実際,試合では,男女ペアもたくさんいるし,ご夫婦のペアもしばしばいる。
杖道は面白い。なぜか。次に,「杖道」の独特な稽古体系ゆえに生じるコミュニティ性・関係性から考えてみる。
★相手がいるので,仲間が増えやすい。
・相手が必要なので,知り合いが増える。「杖友」が増える。
・数珠繋ぎ的,あるいは,ネットワーク的に増える。
・相手の知り合いとも知り合いになれる。仲間が広がる。トモダチのトモダチはみなトモダチだ。
★演武の相手は相方(パートナーpartner)であり,敵(オポーネントopponent)ではない。
・演武は,相手とともに作り上げ,表現する,一つのアートである。戦っているけど,戦っていない。
・我が心の師父ブルース・リーも言っている通り,武術とは自己表現である。アートとは自己表現である。したがって,武術とはアートである。
・お互いが一つのアートのpartであり,決してopposeしているわけではない。合気的。
・だから,対立的ではなく,融和的である。
杖道は面白い。なぜ面白いのか。次に,「杖道」という現代武道が制定の形武道であるがゆえに生まれる面白さを考えてみる。
★制定で12本,形が決まっている。
・12本なので,形がそれほど多くない。
・基本技12本,形12本。
・多くない分,十分な時間をかけて深められる。むしろ,12本すべて覚えてから,一つ一つの形,一つ一つの技,一つ一つの動きを深める方にウェイトがある。
・形そのものも,最後の「乱合」を除いて,それほど長く複雑ではない。シンプル。深めるのに適している。
・12本覚えてしまえば,高段者とも形を合わせることができる。これはすごいことだと思う。
★制定なので,初めての人とでも演武できる。
・高段者とできるように,その日そのときに初めて会った人とでもすぐできる。
・世界中,まったく同じ形をやっているから,(行ったことはないけれど)ヨーロッパに行っても北米に行っても,その場ですぐに合わせることができる。これはすごいことだと思う。
・つまり,身体的な共通言語,国際語,世界語である。
杖道は面白い。少なくとも私にとっては非常に面白い。やればやるほど面白い。さらには愛好家2万人という話なので,少なくとも全世界人口のうち2万に上る人間にとっては面白いのである。なぜ面白いのか。他の武道と何が違うのか。なぜ杖道なのか。
まずは「杖道」という武道はどのように稽古されるのか,その稽古方法の特性から,その面白さについて考えてみた。
★二人で演武する形武道である。
・形武道といっても,(居合や空手のように)仮想敵に対して,ひたすら一人で淡々と演武するわけではない。
・したがって,形(技の攻防)にリアリティがある。
・動きが決まっている型武道なので,白樫の固い武具で,ギリギリのところの,非常に緊張感のある攻防の稽古ができる。
★杖と太刀という,異なる武具で演武する。
・杖と杖で演武するわけではない。太刀の攻撃に対して杖で制する技の体系である。
・したがって,杖はもちろんだが,剣(太刀)も稽古できる(しなければならない)。
・杖道なので杖が主だが,杖の演武の質は太刀によって左右されるため,太刀が上手でなければならない。(打太刀が上位)
・したがって,太刀の稽古が(杖の稽古と同じぐらい)重要である。
★相手の力量によって演武の質が変化する。
・相手を感じ,相手とつながり,いかに相手と身体的に対話するかが重要である。
・つまり,合気的な要素が大きい。相手を無視して一人で勝手に動いてしまっては,まったく攻防の体にならない。ちぐはぐになる。
・二人で演武するが,乱取りや地稽古のように,その二人が自由に技を出してお互いの力量を競っているわけではない。