2020年8月11日

坐る

 仕事が山積すると,その山を少しでも小さくしたいから,一つ一つがついヤッツケになって,雑になります。でも,雑に仕事をしたところで,それは自分にとって何の糧にもならない。いい加減にやったところでそれは全部偽物な気がします。偽物の人生。嘘臭い人生。ただ早く終わらせて楽になりたいだけだから。

なので一つ一つ丁寧に仕事をしたい。せっかくこの世に短い生を受けて,今まで生きてきて,色々な縁で今それをやっているのだから,その一つ一つの仕事を,心を込めて丁寧にこなしたい。

そのためには,そもそもやるべき仕事を減らせるだけ減らさなければならない。いや,「減らす」というよりも,「厳選する」という方が正しいかな。人間は欲張りだからついあれもこれもと手を出すし,やると褒められたり感謝されたり尊敬されたり得をしたりするからつい調子に乗って,あれもこれもとやってしまいます。逆に,勇気を出して断ったり辞めたりできずに,やりたくないことまであれこれ背負い込んでしまいます。それに,一度手に入れたものは手放したくないものです。そうしているうちに,仕事がどんどん山積します。

生は思ったほどそんなに長いもんじゃないから,山積みの仕事をこなした先に何かきっと良いことがあると思ってひたすら上っ面だけ山を削っていても山は一向に減らず,気がついたら死の床まであと少し,なんてことになりません。そんなのは,偽物の人生じゃないですかね。

人はどうせいつか死にますから,名も益も,墓場まで持っていけません。ならば,生きているうちは丁寧に生きた方が良い。仕事を山積みにしてそれをとにかくたくさんこなすこともまた,人によっては生き甲斐なのかもしれないけれど,そんなに頑張ってどうする。そこにエネルギーを注ぎ込んでどうする。それって,一つ一つの仕事がいい加減になってないか?丁寧にやってるか?真心込めて向き合ってるか?

人間,仕事が多いと,一つ一つがおざなりになるんだよね。そうすると,やってること全部,嘘臭くなる。ヤッツケ仕事で,時間だけが過ぎていく。なんかそれって,偽物臭くないですかね。せっかく生まれてきたんだから,丁寧に生きたい。

だから,どうしてもやることが重なって,ついついヤッツケそうになったら,ともかく,坐ることにしています。

坐ると,落ち着きます。焦ってただこなすだけになっていた自分に気がつきます。気づいたら儲けもんです。

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