2022年2月23日

明日からネットで始める現象学

渡辺恒夫(2021)新曜社

渡辺先生の本はこれまで,「心の科学(哲学)」方面のものをいくつも読んできた。そういう意味では,一ファンであり,特に最近のものだと『他者問題で解く心の科学史』(北大路書房)が良かった。これと『心という難問』(野矢茂樹)を読んで,今まで自分がなんとなくずっと「他者問題(他我問題)」というものに興味があったことを確信したからだ。そもそもなんで心理学を始めたのか,理由はいろいろあるけれど,その一つは,「人の心がよく分からない」という問題(悩み?)で,言い換えれば「人の考えは分からないのにまるで分かったようにコミュニケーションする我々って何だ?」というギモンである。

いや,はっきりそういうギモン(悩み)があって,これを解明したいから心理学を始めた,というわけではなくて,漠然と常に表面的な興味関心の背景にあったのはこれな気がする。だから,20代の終わり頃に最初の大学に就職したとき,オープンキャンパスで来校している高校生相手の模擬授業(20分ぐらいだったか)で,はてさて,ごく短い時間で心理学の本質と面白さ(奇妙さ,怪しさ)を伝えるために一体何を話そうかと思ったときに,「心とは何か」というテーマでロボットの話をしたのを覚えている。でもって,今でも同様のシチュエーションで同じ話をしている。たぶん,だからこの問い自体が,悩みというよりは世界の不思議さの根本な気がしていて,楽しいのである。

そんな渡辺先生の「夢」に関する「現象学(現象学的心理学)」の本である。この本を手に取って,本文中に出てくる引用や巻末の読書案内やAmazonで検索すると出てくる関連本の多様さを見て,この渡辺恒夫という研究者の興味関心の幅広さに驚嘆する。「ジェンダー」「死生学」「自我体験」・・・。それぞれに深く探究して,本にしているという熱意とエネルギー。自分には到底真似できない。

この現象学的心理学の方法論(現象学的な当事者研究)は,諏訪正樹先生の「一人称研究」とも相通じるような気がする。いやもう,どこかですでに両者の共通性は論じられてるのかもしれない。いずれも,「私」視点のテクストデータを分析する。自分の研究テーマに寄せれば,(感情の)筆記開示をやっているので,これを一人でやってみて自己分析する,という方法論を試している。筑波の最後の年度の卒論生1人,そして,白鴎に移って2年目の今年度,卒論生15人のうち2人がこれに挑戦した。実際のところ,分析する段階で難しさを感じる。分析にはやはり,なんらかの道筋や枠組みが必要なことを痛感した。こういうのをやりたいという学生がいたら,また挑戦してみよう。

「明日からネットで始める」と題した本書から,ネットで調査することをイメージするかもしれないけれど,そうではない。本書は主に自分の夢日記の分析(前半)と「コミュ障」の相談事例の分析(後半)からなる。この両者の分析は,「日記」のような自分だけの長期的な筆記開示データ(テクストデータ)を分析することに近い。これをどう,現象学的に還元し,本質を観取するか,というところ。実際やってみようとなると,なかなか難しい。


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